平成30年9月16日 中医学勉強会
『中薬学と方剤学』 武藤 勝俊先生
武藤先生はまだ中医学が今のように浸透していない時代に中国留学にして北京中医薬大学を卒業なさっています。
30年少し前、漢方は大塚敬節や森道伯など日本の漢方家の本で学んでいたものの中医学に関しては学び始めでしたので、武藤先生に中医学の基礎理論を教えていただきました。
今回は中医学の基礎に戻って中薬学・方剤学をみてみましょうという事でした。
中薬について
薬学部では薬効のある動植物は生薬といい薬用部分や成分など学ぶのは生薬学といいます。
中医学では効能のある動植物を中薬といいます。
生薬学とは全く異なる形式で分類されています。この中薬はどういう状況の時にどういう使い方をするのかという事が分類の基本になっているように思います。
中薬学の基本になっている書物はいろいろありますが、最古の薬学専門書は『神農本草経』です。
中薬を上品・中品・下品に分けています
上品…命を養う薬。長期に服用しても害がなく、抵抗力や治癒力を高める。
中品…養生を目的にした薬。病気予防・体力増強に用いる。
下品…病気を治す薬。薬効が強いが毒性も高いので長期に服用するには注意が必要。
*『命を養う力のあるものを上品とする』この事は予防していく事に重きを置いていた事がわかります。私たちは時々病の方ばかり見ていて、命の事を振り返らない事があるように感じます。
医者についての記述もあります。
上医は未だ病まざる者の病を治し
中医は病まんとする者の病を治し
下医はすでに病みたる者の病を治す。
*この理屈から言えば西洋医学の医師は下医という事になりそうです。現代社会においては病院や医院は病気になったら行くところなので仕方ないと思います。
病になってしまえば、治療は大変になってしまいます。抗生物質などもない時代には病にならない事が一番大切だったのだと思います。
それでも副作用の大きい下薬を服用しない為にも、自分の体質や状態に留意して体質を強化しておくことや、病気の芽を摘んでおく事が大切です。
体質を知る手立ては中医学には沢山あります。
中薬学では産地や採集時期など規定されています。
*これは生薬学も同じです。たとえばドクダミは花期全草とかで、一番薬効のある時期です。
また、植物の種や球根を持って行って別の土地に植えても同じ薬効が得られない事も多くみられます。
炮製
毒性や刺激性の軽減や除去・薬性の改変や効果の増強・貯蔵や保存の便宜性などの為に行う様々な作業。
例えば附子は猛毒のトリカブトの根ですが、熱や塩や圧力などで毒性を減弱したものです。
*そういえば石川県でふぐの卵巣を何年か塩蔵したのちまた時間をかけて粕漬けにして無毒化して食べる珍味があるそうです。
寒・熱・温・涼に分けたり、味を示したりしています、味は薬性と関係しているからです。
例えば当帰は甘・辛・苦・温と記されています。
この表示だけでも当帰は補益性があり、穏やかで、気血を巡らし、冷えをとり便通などもよくなるという事を示唆しています。
また、昇・降・浮・沈の性質がしめされています。
帰経(中薬が作用する経絡や臓腑)・毒性・配合・禁忌(配合・妊娠・飲食物)・用法用量などとても細かく記載されています。
分類
中薬学では効能によって薬物を分類しています。
解表薬・清熱薬・瀉下剤・芳香化湿剤など19項目に分類されています。
しかし動植物ですから効能は1つではありません。
たとえば晶三仙に入っている山査子は消道薬に分類されていますが破気化瘀の働きがあるので産後の瘀阻に使われると書いてあります。
方剤学について
治療の方法や方剤の効能やその処方の意味について書かれているのが方剤学です。
*つまり漢方薬には処方があります。その内容が方剤学には書いてあります。
たとえば、よく知られている葛根湯は麻黄・桂枝・芍薬・大棗・生姜・甘草・葛根が処方内容です。
葛根湯は解表剤に分類されます。解表は汗を出して風邪(ふうじゃ)を除く事です。
解表剤は更に1、辛温解表 2、辛涼解表 3、扶正解表に分類されています。
感冒にかかった場合、体質や症状の出方によって使う漢方薬が違うので分類しています。
冷えや寒気が強いのなどの場合は風の邪気だけでなく寒の邪気も入っているので、体を温めて発汗する方法辛温解表という方法を用い辛温解表剤の中から適したものを選ぶ事になります。
また、風の邪気と熱の邪気が入った場合は、熱を温めると熱は更に過熱されるので、こんどは涼しくさせながら発汗する辛涼解表という方法で治療します。その場合は辛涼解表剤の中から適した方剤を選びます。
また、体質が虚弱で正気の虚があるときは発汗により体力を更に低下してはいけないので正気を扶助しながら発汗する扶正解表という方法で治療します。その場合に使うのが扶正解表剤に分類される方剤です。
ただ 解表剤の所に分類されていなくても解表できる方剤もあります。
勝湿顆粒は芳香化湿剤に分類されていますが、効能は解表化湿・理気和中ですから解表の働きをもっています。
方剤の処方だけでは足りない場合の加減について書いてあります。
*加える事によって働きとして足りなかったり、または働きを強化するために中薬をくわえたり、あるいは方剤ごと加えたりします。
板藍茶や五行草茶やサージその他漢方食品としてでているものは加える為に出ているといっても言い過ぎではないと思います。
もちろん単味でも働きがあるのですが、相乗効果が期待できると思います。
平成30年7月22日 中医学勉強会
『美と健康の為の中成薬応用』 中医学講師 医学博士 張立也
◇中医学の眼科で使われている中薬を使った食品ができました。『晴明丹』
*晴天の晴の明るいという名前でいかにもよく見えそうな名前です。
●成分は?
①石決明・・・平肝潜陽・明目退翳(かすみを退け、目の見えをよくする)中医では緑内障によく使われる。
*肝は目に開竅するといい目の状態から肝の状態を知る事ができます。肝血・肝陰の不足は目の弱りや充血などの炎症となって現れます。更に不足の状態が酷くなり肝陰が肝陽を抑える事ができず肝陽が浮上すると益々症状が重くなるので、肝陰を滋養しながら浮上した肝陽を潜めさせ肝の陰陽バランスを平衡に近づけます。
②白僵蚕・・・袪風止痙・平肝熄風・化痰散結((熱・痰)など有余の邪気を取り除き、平肝熄風によって石決明の作用を強化する)
*中医学では熱性痙攣や風熱の頭痛や涙目、また痰核といわれるしこりに使われます。
決明子・・・清肝明目・利水通便
*中薬学には「肝胆鬱熱・風熱外襲による頭痛目赤にも肝腎陰虚による明暗不明にも使用でき『眼科の常用の薬物』と称される。」とか
酒黄精・・・補肝養陰・滋腎填精・健脾益気・養陰潤肺(酒で炮製すると血分に入りやすくなり、陰血を補益する。
*目は血をうけてよく見えるといい、血を補うことは基本的に重要です。
◇婦人の宝『婦宝当帰膠』発売から40周年。改めて婦宝当帰膠を考える。
●出展 四物湯・聖癒湯・当帰養血膏など
●特徴 補血不滞血、和血不傷血(血を補うが滞を作らず、巡らすが血を消耗しない)
成分は大和当帰を中国河北省の神農架(世界自然遺産の天然薬物園)で栽培している。
*婦宝当帰膠の成分の約6割が当帰です。当帰は補血活血の働きがあります。
●5月のシンポジウムのRIFに対する臨床実験に対する説明。
RIF(胚移植反復移植失敗)に投与して改善があるかを見る。
1、子宮内膜の 厚み・血流・温度に対する影響をみる。
・厚みは陰血の充実と関係
・血流は血の巡り、瘀血と関係
・温度は気血陰陽のバランスと関係
2、早期の妊娠ロスの低下
胚と子宮内膜の免疫応答の正常化
3、子宮への血液供給改善・内膜の血流が良くなる事により暑さ・内膜容積が改善。
●婦宝当帰膠の応用
1、冷え・・・温経散寒(手足の冷え・足腰の冷え・お腹の冷え・冷えのぼせ)
2、血虚や貧血・・・養血(めまい・立ちくらみ・ふらつき)
3、婦人科疾患・・・養血調経(月経不順・月経痛・月経前後緊張症候群・更年期)
4、不妊症・・・不妊・流産・産前産後ケア
5、神経痛・・・(頭痛・神経痛・腹痛・関節痛・打撲痛
*上記の中には婦宝当帰膠を主とすると良い症状と従に使う症状とあります。血を補う事は婦宝当帰膠は得意です。
しかし血は不足が酷くなると陰虚になります。血虚の状態で冷えがある人も陰虚になると手足のほてりを感じたりするようになります。
◇美と健康(肌)
血は滋養し潤す働きがあるので不足すれば肌がカサカサ・髪はパサパサ・爪も薄く曲がったりの症状がでます。だから補血は美容にも役立ちます。
・皮脂膜を強化したい時・・・紅沙棘
・保水力をアップしてみずみずしい肌・・・艶麗丹
・弾力性のアップ・・・亀鹿仙・紫煌珠
●艶麗丹
哈士蟆油・・・メインはこれです。哈士蟆の輸卵管です。
*美容に良い薬膳料理として食べられています。林蛙で検索する画像などを見る事ができます。
白木耳・・・滋補肺陰 白きくらげでこれも美肌の薬膳としてよく食べられています。
西洋人参・・・滋補心肺 気を補って元気にします。
真珠・・・清肝涼心安神 よく美肌に使われます。
●亀鹿仙・・・滋養強壮の力のある食品です。
亀板膠 滋陰潜陽 養血補心
鼈甲膠 滋陰鎮静 軟堅散結
鹿角膠 温陽養血活血
枸杞子 滋陰養血明目
西洋人参 滋陰斂陰固渋
山茱萸 滋補肝腎収斂
山楂子 消導 理気活血
大棗 養胃 健脾 養血
蜂蜜
*黄色の部分は亀鹿二仙膠(西洋人参でなく人参)と同じ構成です。
亀鹿二仙膠は命門の陰陽を双補するというすぐれた処方です。
鹿角膠は全身の陽経の脈を総督している督脈を通じ真陽を補充する事で陰精を培補する。
亀板膠は全身の陰経の脈を総括している任脈を通じ滋陰填精する。
この2味によって陰陽を峻烈に補って気血精髄を生じさせる。
これを人参・枸杞子が補佐する処方になっている。
*命門の陰陽を双補するとは、命をろうそくの火に例えればろうそく自体も火力も補うという事になります。
気血は人の身体の営みになくてはならない基本的な働きだし、精は命のもつ根本的な力であり、狭義の意味ではホルモン系は精といえます。髄は骨髄・脊髄・延髄・髄海(脳)にまで考える事ができます。
だから、妊活・滋養強壮・美容と健康・老化防止・子供の発育の助けなど幅広く薬膳として食す事ができます。
亀鹿仙は更に鼈甲(しなすっぽんの背甲・腹甲)の膠・山茱萸によって補腎の働きがアップしているばかりでなく、軟堅散結・破瘀通経の働きが加わってしこりのある人も食すると良い食品になっています。
●紫煌珠
プラセンタ(胎盤エキス)の使われた栄養補助食品です。
*中薬学に出ている紫河車は人の胎盤の事です。現在は人の胎盤はつかわれていませんが、『へその緒』は人の胎盤の一部ともいえます。
補腎益精・助陽、益気養血の働きがあるため「へその緒は一生のうち大病をした時使う」と聞いた事があります。
余談ですが、以前読んだ単行本のチャングムには子供を授かりたいと願身体の弱い后の話が書かれていました。后の身体は弱すぎて出産は危険だとチャングムは反対しますが、后は命にかえてもと懇願しチャングムは国中の元気な男子を産んだ人の胎盤をあつめます。これを使って受胎し、男の子を出産しますが、后の身体はもうもたない状態になってしまいます。
しかし出産まで后の身体がもったの紫河車の滋養力だと思います。
その後テレビドラマのチャングムを見ましたが、違うストーリーでした。チャングムは実在していたのですが、皇帝が信頼していた女医がいたという史実しかわかっていないそうです。
内容から察するとどちらの作者も漢方に詳しかったように思われます。
『耳鳴り』・・・中医学における実際(成都耳鼻科研修より)
成都中医薬大学付属病院で耳鼻科の研修をしました。
『耳鳴り』に対して問診・脈診
望診―舌診・(耳の中・鼻の中の望診)
もちろん、顔色・表情・体つき・姿勢をみるのも望診です。
聞診は声の力など聞いて得る情報です。
四診合算して処方を決定します。
耳鳴りでも必ず鼻の中も見ます。
耳・鼻・喉はつながっているので関係しているからだそうです。
耳鳴りにも鼻淵丸の主薬である蒼耳子や辛夷も使っていました。
蒼耳子はオナモミの成熟種子で散風通竅に働きます。
「諸子みな降るも、蒼耳ひとり昇る」といって上の方で働くそうです。
通鼻竅とは鼻の竅(あな)を通じさせるという意味で耳や鼻の詰まりに使えるという事だと思います。
蒼耳子は袪風湿薬の1つで辛夷も散風や通鼻に働きますが解表薬に分類されていて鼻中心のようです。
そういえば、蒼耳子に耳の字がはいっているのは何でだろう?もしかして始めは耳に使われていた?
基本は煎じ薬で、煎じ薬プラス中成薬(これは市販品のようにエキス剤などそのまま飲めるタイプの漢方薬の事です。)の組み合わせもありました。
処方は 散風…風邪を散じる
疎肝…耳の周りは少陽胆経の経絡がある所です。気の流れをスムーズにする。
袪湿、利水、勝湿、化湿など また、三焦経もまた耳の周囲を通ります。
活血通絡…通じざれば則ち痛む。通路を開通する。
補腎…腎は耳に開竅する。
養心安神…耳鳴りは不眠と関係が深い。
散風薬には羗活・白芷・川芎・荊芥・防風など頂調顆粒(川芎茶調散)のような中薬が多く使われていました。
疎肝に関して柴胡中心です。柴胡は少陽(胆・三焦)に停留した邪を表まで引っ張り出す透表という働きがあるからです。
活血に関しては内臓の問題がなければ川芎がよく使われていたのでここでも頂調顆粒が使えます。
通絡は活血以上に必要だと感じました。
地竜・キレンソウ・徐長卿などつかわれていましたが、活楽宝が通絡のものを多く使ってあるので代用できそうです。
あと利水・袪湿など湿をさばくのに益気利水の黄耆を大量に使うケースが多く見られました。
特に耳鳴りが鼻や咽も関係しているなら黄耆が6g入れてある衛益顆粒も必要だと思います。
1日目は宋先生の診察室でした。
宋先生は「突発性難聴は早期に鍼すると改善できる。また鼻と聴力に問題のない神経性の耳鳴りは鍼が効果的です。」と話していました。
身体にも刺す人は鍼灸室で行い、耳の周り・頭の上・首の後ろ・腕と手の甲に刺す人はその場で使い捨て針の封をきって3分くらいでさしてしまいます。
そこに座っていた中年の女性は
「山東省からきました。
治療していましたが聴こえなくなってしまいここにきました。
今日で針治療10日目です。
だいぶ聴こえるようになりました。」と話ていました。
耳の役割は外耳が音を集め、中耳が空気の振動を内耳液に伝え、内耳は内耳液の振動を電気的信号に変えて内耳神経から脳に伝えます。
この1連の振動の送りのどこかがうまく行かなくなると耳鳴りや難聴になります。
つまり大きく分けると以下のパターンが考えられます。
①耳に問題がある
②伝える神経に問題がある
③受けとる脳に問題がある。
中医の先生も「睡眠状態が回復すると耳鳴りも緩和する」と話しておられました。
ですから睡眠の良くない患者さんにたいしては散風薬に酸棗仁のような安神剤を加えていました。
また浸出液があったり、痰や洟がある時は利水・袪湿・袪痰など、あるいは益気利水の方法も加える必要があります。
浸出性中耳炎は治りにくい病気で、抗生物質を長期に服用するようですが、耳鳴りを伴う事もあります。これは外邪との関連しています。耳の痛みや耳の詰まり感、また鼻水鼻づまりなど鼻炎を伴う時など散風・袪風湿・清熱解毒などの方法が必要になります。
また、風邪が少陽経(三焦・胆)に入ると胆と肝は臓腑の関係なので肝の経絡である耳に影響が及び鬱熱があれば柴胡・黄芩も加えて少陽の鬱熱を清します。
実際、老中医(優れた医師の称号)熊大経教授の処方も柴胡・黄芩に頂調顆粒のような散風薬が使われ、更に外邪を防御するため玉屏風散(衛益顆粒)の方意も含む事も多く見られました。
熊先生は講義のなかで『邪の湊(あつま)るところ、その気必ず虚す』と黄帝内経の一文を引用され鼻は外邪の侵入経路ですので邪の集まる所と話しました。
鼻・咽・耳の耳鼻科領域は空気と接しているので細菌やウイルス・ほこり・花粉・ダニ・真菌など沢山の外邪に対し防ぐ事をしなくてはなりません。
その為 気血両虚・気陰両虚の人には必ず黄耆を多くくわえます。
老化による耳鳴りは腎と関係しています。
老化の耳鳴りとは感覚器の衰えですから虚証の耳鳴りです。
これは夜静かになったときに感じる耳鳴りです。
目は肝・耳は腎に開竅しているのでの肝腎虚です。
だから、肝腎を補うことが大切です。
そうすれば老化による難聴の速度をゆるめる事ができます。
しかし昼でも気になるとか、人と話していても気になるなどの耳鳴りは肝腎の衰えだけでなく神経系や脳からの耳鳴りも関係しています。
補腎薬に安神の漢方や活血通絡の漢方も加えます。
すぐ良くなるものではありませんが身体にも力がつくので気長に使って行って下さい。